こんにちは、ヤス@ロコ父さんです。
会社員として「個人的な成果をそれなりに上げたとしても」、
所属するビジネスユニット(事業部)の経営状態が悪化して、
大きな赤字を出すようになったら「納得できない処遇を受ける」
ことは誰にでも起こり得ます。
不運にも早期退職勧奨に遭遇することもある
単に「ボーナスが少ない」というレベルで済んでいる内はまだ良い方です。
私が57歳目前で遭遇したのは以下の状況です。
- 一部のプロダクトやサービスを廃止せざるを得ない
- その担当部署(商品企画、設計、マーケティング、販売)ごと廃止
- 若い人は別の部署に異動してもらい、活躍の場を与えよう
- 1980年代末に大量採用した中高年は比率が高くバランスが悪いため削減しよう
こうなった場合は、特に50代後半の中高年にとっては
「部署が無くなり、自分の居場所も無くなる」
「早期退職・希望退職を選択せざるを得ない」
と追い込まれてしまうことがよくあります。
これが私が57歳の時に実際に体験した「リストラによる早期退職勧奨」でした。
これ以外にも役職定年制度がはやりとなった近年では、
「役職定年となってしまい自分の居場所がなくなる」
「社員の年齢構成のアンバランスを解消するために早期退職を募集する」
というケースも続出しています。
私が50代前半に身近で見た事例でも、3人の部長クラスの方が実際にこのパターンで辞めてゆかれました。
一方で、日本の会社では長年にわたって組織の中で仕事をする内に
「心の支えとなるような恩師ができたり」
「気の合う生涯の友人ができたり」
「人間として成長させてくれたり」
というような、メンタル的にプラスとなる側面があるのも事実です。
ゆえに今の中高年世代は、
「自分の生きがいの大部分が会社における仕事になってしまっている」
ことも多いのではないでしょうか?
過去、私も実際にそうでした。
(早期退職~無職~契約社員を経験した今となっては、懐かしささえ感じますが。。)
特に終身雇用のカルチャーが根強い会社で長年働いてきた人はその傾向が強いと思います。
これは何も恥ずるべき事ではありませんし、逆に家族的な雰囲気と言うか日本的な経営手法が強みになるケースもあるはずです。
早期退職/希望退職 に追い込まれても「会社を否定し過ぎない」
- 個人的な成果を上げても正当に評価されない
- 評価されないどころか、リストラ対象になりそう
こんな事はどこでも誰にでも起こり得ることです。
構造的な変化や需要の変化に直面する中で、担当するビジネス・事業体の経営状態が不運にも暴風雨に巻き込まれてしまっては「50代後半の中高年に早期退職勧奨がくる」のも仕方がありません。
そんな不遇を受けてしまうと、ついつい「会社の否定」をしてしまいがちです。
ですが、
「自分」と「会社」が表裏一体となってしまっている場合、
「会社を否定」することは「自分をも否定」していることなりかねません。
そんな時は、
-
自分は自分、会社は会社、本来お互いに独立した存在だよね
-
経営が困った状態になっている会社に、人情を求めても仕方がないよね
- 会社にまだ体力が残っている内に貰えるもの、つまり退職金はしっかりもらって、次のステップを考る方が前向きだよね
以上のような考え方をしてみてはいかがでしょうか?
50代後半の中高年となってしまった今となっては、若い頃のように
「処遇が良いライバル会社に転職してやれ」はまず通用しませんので、
再雇用と同等の処遇が得られるような再就職ができれば良し!
と考えを切り替えた方が建設的です。
特に、早期退職優遇制度で割り増し退職金を頂こうものなら、
大手のライバル会社への転職はできないのが一般的ですし、
そもそも大手企業は中高年はまず採用しませんので。。
頂いた退職金はありがたく活用する
一方で、見返りとしての「割り増し退職金」はありがたく頂いて有意義に活用しましょう。
この側面に着目すれば、気持ち的に少しだけ前向きになれました。
頂いた退職金の大半は元本保証型の定期預金に預けるとして、
残りの2〜3割の部分は「退職金特別プラン」と「個別銘柄の株式投資」にまわします。
退職した「2020年の春~夏」は相場がかなり落ち込んでいたので「仕込むなら今しかない」「10年に1度あるかないかの機会」という捉え方をしました。
こういった面を考えると、
「全くツキに見放されて不遇に思えたリストラによる早期退職も、
割り増し退職金を頂いたタイミングがたまたま相場の底だったりして、
底値で拾ってうまく運用できたならば、ある意味でラッキーだった」
という見方もできる事に気付いたりします。
人生は一度きり ~ 我唯足知
本来、自分の人生は会社や組織に支配されるものではありません。
ただでさえ人生は一度きりです。
「自分の実力がフルに発揮できて」しかも「運も味方に付いてくれる」ような人は本当にラッキーな人です。
ごく一握りの人です。
凄く実力があって、運も味方に付けていて、はたから見ると大成功した先輩社員も何人かいました。
でも、中には「60歳くらいで病気になって不遇のリタイア生活となる方」「癌になってリタイア後、何年も経たないうちに亡くなった方」も少なからずいらっしゃいました。
何が幸せで何が不幸せなのかよくわからなくなる事も起きるのが世の中です。
こんな時は古い友人の座右の銘を思い出します。
吾唯足知(われ ただ たる を しる)
水戸光圀公から寄進されたと言われている京都の竜安寺の「つくばい」に刻まれている文字です。
足ることを知る人は心は穏やかであり、
足ることを知らない人は心はいつも乱れている
要は「自分の心の持ち様次第」ということでしょうか。
50代後半の中高年ともなれば、よく生きてあと25年くらいです。
明日死んでも後悔しないような生き方をしたいものです。
(なかなか自分は実践できていませんが。。汗;)